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人の心を試す心理社会実験 [その他]

「きもち」というとらえどころのない人間の感情が
どう行動と結びつくのか?
その答えはまだ完全にでていないが、徐々にわかりつつある。

ここではかつて実施されたものの中でも特に有名で、
常識を覆した心理実験を見ていこう。
深層心理の働きは、人間の行動に影響をあたえていて、
我々は思っている以上に自分のことを制御できていないのかもしれない。

<外観で分けて扱いを変えるとどうなるか?>

マーティン・ルーサー・キング牧師が暗殺された1968年、
米アイオワ州の教師であったジェーン・エリオットは
小学3年生のクラスで
差別、人種差別、偏見といった問題を話し合おうと考えた。

クラスの子らは町のマイノリティたちとの交流があまりなく、
話がほとんど理解されていないと感じたエリオットは
「青い瞳/茶色い瞳」実験を行った。

すなわち、1日は青い目の子たちをひいきして優越感を感じさせ、
その翌日は変わって茶色い目の子たちを同じように扱った。

その結果、エリオットからひいきされたグループはやる気を見せ、
積極的に質疑応答を行い、その内容も的を得たものとなり、
さらに試験の成績まで上がった。

一方、差別的な扱いを受けたグループはやる気を失い、
消極的で回答も不正確なものとなった。

人種や外見かかわりなく、周りの扱いによって性質が変化する例となった。

<退屈な作業に楽しさを取り入れると?>

フォルクスワーゲンが提唱する「ファン理論」は、
退屈なことを楽しくすれば、
人の行動を望ましいように変えられることを証明している。

実験ではストックホルムの地下鉄の階段を
踏むと音が鳴るようにピアノの鍵盤のように変えて、
利用客がエスカレーターの代わりに
健康的な階段を使うかどうか観察した。

結果、階段の利用率は66パーセント増加。
きっと楽しいからだろう。私たちは遊び心を持っている。
街並みを楽しく作り変えれば、人々を幸せでかつ健康にできるということだ。

<人はどこでも真の価値に気が付くことができるのか?>

2007年1月12日、朝にワシントンDCの地下鉄を利用した人の前で、
前触れもなく世界的に有名なバイオリニストのジョシュア・ベルが
ミニコンサートを披露した。
およそ45分間に渡ってクラシックの名曲6曲(うち2曲がバッハ)が
1713年製ストラディバリウス(5億円と言われている)で演奏された。

しかし立ち止まってしばらく耳を傾けたのはわずか6人のみ。
20人がコインを投じたが、そのまま立ち去った。
ベルはおよそ3200円ほどを稼ぎ、演奏を終了。

彼に気づいた者はおらず、拍手もなかった。
世界の超一流バイオリニストが名器中の名器で演奏したなどと、
誰一人気づかなかったのである。

このイベントを催したワシントンポストの記者の意図は、
「文脈と認知と優先順位の実験」を行うことだった。
つまり「ありふれた環境において、しかも都合のよくない時間帯において
美は心に響くか?」という実験だ。

この実験は、美の評価のみならず、その環境と見栄えが
違いを生み出す程度について興味深い疑問を提起している。

ちなみに実験の3日前、ボストンのシンフォーニーホールで開催された
ベルコンサートのチケットは1万円以上だった。

<緊急事態の時、他人の反応が自分の行動にどう影響を与えるのか?>

この実験では、被験者に1人で部屋に入ってアンケートに記入してもらった。
すると床下から煙が漂ってくる。さあ、あなたならどうするだろうか?

慌てず部屋から出て、責任者に事態を伝えるのが正しいだろう。
では問題だ。同じ状況だが、室内にほかにも人がおり、
煙を一向に気にしない様子だったらどうするだろうか?

1人の場合、75パーセントが煙に気づいて平均2分ほどで事態を報告した。
ところが、そこに2人ほかのにも人がいて平然としていた場合、
部屋から出て煙を報告したのは10パーセントだけであった。
10人中9人は、煙に目を瞬かせながらアンケートへの回答を続けたのである。

この実験は、緊急事態であっても
周囲に受動的に振る舞う他人がいると対応が遅くなる
(あるいは何もしない)ことを示す格好の事例だ。
人はどうやら自分の直感よりも
他人の反応のほうを信頼しているようなのだ。
赤信号、みんなで渡れば怖くない……だろうか。

<仲間意識。つくられた対立グループに人はどう反応するのか?>

この実験は「現実的葛藤理論」を試したもので、
対立したグループの間で限られた資源を奪い合うと
否定的な態度や振る舞いが生じることを示す事例である。

実験では、11歳の少年と12歳の少年の2グループに
サマーキャンプ(と参加者には説明してある)に参加してもらった。
最初の週では、両グループが顔を会わせることはなく、
互いに存在も知らなかった。
この間、少年たちはグループ内で仲間意識を育んだ。

2週目、相手グループを紹介すると、すぐさま葛藤の兆候が現れた。
実験者がグループ間で競争が起きるよう仕向けると、
予想通り、両者の間の敵対レベルと攻撃的行動が増加した。

3週目には、問題解決のために
両グループが協力しなければならない状況を作った。
例えば、子供たちに
破壊行為が原因で飲み水がなくなりそうな印象を与えた。
これを解決するには両グループが協力しなければならない。

問題に協力し合ったグループは、
実験が終了するまでにはかなりの友情を育んだ。
グループを超えて交流することが
偏見や差別を緩和する上で最も効果的な方法の1つであることを実証している。

<閉鎖的な状況の中で権威者の指示に従う人間の心理状況は?>

1961年、心理学者のスタンレー・ミルグラムは、
人が権威的な人物から出された、従えば他人を傷つけるであろう指示に
従うまでの時間の長さを測るという実験を行なった。

まず実験協力者にくじを引かせ、教師役と生徒役に分けた。
実際には教師が真の被験者で、生徒役は役者が演じるサクラである。

くじには2つとも「教師」と書かれており、
サクラの実験協力者がくじを引く前に
本来の被験者が教師となるよう仕向けられていた。

教師(被験者)には生徒に質問をさせる。
この生徒は別室におり直接姿を見ることはできないが、
インターフォンを通じてお互いの声のみが聞こえる状況下に置かれた。

教師(被験者)には生徒の回答が間違っていた場合、
電気ショックを与えるよう指示が出されている。
サクラである生徒はわざと間違って答える。
そして被験者が電気ショックのスイッチを入れると、
本当は電気など流れていないのだが、生徒はそのような振りをする。

実験が進み電圧が上昇する(と説明される)につれて、
生徒はさも激しい電気が流れたかのように大声を上げるようになる。

教師(被験者)はこれにひどすぎると抗議する。
だが、実験者である権威的人物が続行を促すと、
電気ショックを与え続けるのだ。
その結果、教師役の被験者の65パーセントが
致死レベルである450ボルトまで与え続けた。

つまり通常の人は、
それが何の罪もない人を殺してしまうような行為であっても、
権威的人物が出した指示に従う可能性が高いということだ。
権威への服従は、人間の心に植え付けられているようだ。

<記憶の改ざんを証明する実験>

1974年、ロフタスとパーマーは、質問によって
出来事の記憶が改ざんされることを証明する実験を行なった。

ロフタスらは、さまざまな質問の仕方を通して
被験者に車の速度を推測してもらった。
この類の推測は大抵の人が苦手とするもので、
それゆえに示唆された内容を受け入れやすくなる。

被験者は車が衝突する映像を見せられ、
まるで事故現場にいた目撃者であるかのように、
事故の様子を説明するよう求められる。

被験者はグループに分けられており、
各グループは衝突の表現を変えつつ、その時の速度を質問された。
例えば、「激突」「衝突」「ぶつかった」「あたった」「接触した」
時の時速はどのくらいだったでしょう?、といった具合だ。

その結果、”表現”によって被験者が受けた時速の印象が変わった。
質問で「激突」と表現された場合、速度の最高推定値は65.6キロ、
次いで「衝突」63.2キロ、「ぶつかった」61.3キロ、
「あたった」54.7キロ、「接触」51.1キロ、という結果であった。
つまり目撃者の証言には質問の仕方でバイアスが生じるということだ。

交通事故の時両者の言い分が食い違いを見せるのは良くあることだ。
目撃者ですら記憶を変えてしまっている可能性があるのだ。

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人間の思考は思っている以上に
外的な環境や状況に左右されてしまうようだ。
時にそれは脳すらも欺いてしまうというのだから、
自分を制御することの難しさがわかるだろう。

http://karapaia.com/archives/52250284.html

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