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人間は偏見の塊 [知識]

人間の脳は1秒間に1016回という
現存するいかなるコンピューターよりも強力な処理を行うことができる。
だが、人間の認知には偏りがある。
このおかげで、しばしば判断が狂い、誤った結論を下す。

そうした認知バイアスを紹介する前に、
論理的誤謬(ごびゅう)との違いをはっきりさせておこう。
論理的誤謬(ごびゅう)とは、論理的な論証における間違いだ。

例えば、人格攻撃論法、すべり坂論法、循環論法、
威力に訴える論証などが挙げえる。
他方、認知バイアスとは、思考上の欠陥や制限、すなわち記憶の誤り、
社会的帰属の誤り、記憶の誤りなどに起因する判断の欠陥のことだ。

社会心理学者の中には、認知バイアスは
効率的な情報処理に役立っていると主張する者もいる。
それでも、このせいで酷い間違いを犯すことはよくある。
ここに覚えておいて損はない認知バイアスを挙げておこう。

1. 確証バイアス

人は自分に同意する人物に同意したがる。
人が自分と同じ政治的意見を持つサイトにばかりアクセスしたり、
同じ価値観や趣味の持ち主とばかり付き合うのもこのためだ。
同様に、自分の価値観を揺るがすような人や集団、
あるいは情報源からは遠ざかる。こうした選好が、
行動心理学者バラス・スキナーが言う確証バイアスだ。
人は無意識のうちに、自分の偏った意見を増強する意見のみを参考にし、
そうでないものはいかに正当なものであろうとも無視してしまう。
逆説的ではあるが、インターネットはこうした傾向をさらに助長した。

2. 内集団バイアス

確証バイアスに多少似ているのが内集団バイアスだ。
これは生まれ持った部族的な傾向であり、その大部分が
いわゆる「愛情ホルモン」オキシトシンに関連している。
この神経伝達物質は、グループ内の人との絆の強化を促すが、
部外者に対しては逆の効果を発揮する。
余所者を怪しく感じたり、恐れたり、軽蔑したりさせるのだ。
こうして、見知らぬ者を差し置いて、
仲間の能力や価値を過大評価してしまう。

3. 賭博者の誤謬(ごびゅう)

誤謬というが、思考傾向のバイアスである。
人は過去の出来事が未来の結果に影響を与えると考え過ぎてしまう。
その典型的な例がコイン投げだ。5回連続で表が出たとしたら、
人は次は裏が出る可能性が高いと考えがちだ。
しかし、確率的には裏も表も相変わらず50%で変わらない。
統計学者が言うように、各回の結果はそれぞれ独立しており、
表と裏が出る確率はそれぞれ50%なのだ。
これに関連して、ギャンブル依存症の要因にもなる
ポジティブな期待バイアスもある。
つまり、運の流れはやがて変わるはずで、
幸運はそこまで来ていると錯覚させるのだ。
また、ホットハンドの誤謬にも関連する。
これは新しい人間関係は
前回よりも良いものになるという感覚と同じものだ。

4. 無駄遣いの正当化

無駄遣いをしてしまったとき、
その買い物がお買い得だったと正当化したことがあるだろうか?
これこそが購入後の正当化という、買い物などで
まずい決断をした後に気分を良くさせる一種の心理メカニズムだ。
買主のストックホルム症候群とも呼ばれ、
特に高価な買い物をしてしまった後に
無意識のうちにそれを正当化しようとする。
社会心理学者によれば、一貫性を貫き、
認知的な不協和音を避けようとする心理的欲求に起因するそうだ。

5. 蓋然性(がいぜんせい)無視

車のドライブに恐れを抱く人は少ないが、
飛行機恐怖症の人は結構いる。
空を飛ぶことは非常に不自然で危険な行為に思えるかもしれないが、
実際には交通事故で死ぬ確率は、
飛行機が墜落して死ぬ確率よりもはるかに高い。
統計的には、交通事故に遭う確率は84回に1回であるのに対して、
飛行機墜落事故に遭う確率は5,000回に1回だ。
にもかかわらず、人間の脳はこの明白な理屈が分からない。
同様にして、階段からの転落や食中毒など蓋然性の高い事故よりも、
テロに巻き込まれることを恐れる。
社会心理学者キャス・サンスティーンはこれを蓋然性の無視と呼んだ。
人間はリスク感覚はしばしば正確ではなく、
比較的無害な行為のリスクを過大評価し、
より危険なものを過少評価する。

6. 観測選択バイアス

それまで気づかなかった物事に気づくと、
その頻度が増加したと思い込んでしまう効果のことだ。
その格好の例が、新車を買った後で、
同じ車種を色々なところで見かけるようなるケースだ。
妊娠すると、周囲に妊婦が大勢いることに気がつき出すのも同じだ。
私たちは心で選択した物事に意識を向けるようにできている。
問題は、大抵の人がこのバイアスに気がついておらず、
その物事が増えたのだと勘違いすることだ。
ある出来事が偶然のはずがないと思わせるのも、
この認知バイアスのせいだ。

7. 現状維持バイアス

人間は変化を恐れる傾向にある。
こうして、なるべく変化が少なそうな現状を
維持できる選択をするようになる。
言うまでもなく、これは
経済から政治まで様々な場面において当てはまる。
選挙ではこれまでと同じ党に投票し、
レストランでは毎回同じものを注文するのもこのせいだ。
このバイアスの問題点は、別の選択肢が劣っており、
状況を悪くすると思い込ませることだ。
「壊れてないものを直すな」という諺にすべてが要約されている。

8. 負バイアス

人は悪いニュースにばかり目がいく傾向がある。
また、悪いニュースをやたらと信用し、
良いニュースは疑いの目で見る。
進化的には、悪いニュースに注目する方が適応的だったのだろう。
だが、今日では本当に良いニュースを無視して、
悪いニュースの中で生活している恐れがある。
例えば、心理学者スティーブン・ピンカーは、
犯罪、暴力、戦争などの不正義は確実に減少しているのに、
人々は世の中が悪くなっていると考えていると論じる。
これこそが負バイアスの典型例だ。

9. バンドワゴン効果

意識されることはあまりないが、人は右へならえが大好きだ。
世の中にあることが流行ると、個人の脳は機能を停止して
一種の集合意識状態になり、それに追従しようとする。
これは必ずしも大きな集団である必要はない。
家族や職場の同僚のような小さな集団でも起こりうるのだ。
バンドワゴン効果とは、集団の中に普及した行動や社会規範、
あるいはミームの原因となる効果だ。
これに証拠や動機などは関係がない。世論調査が
個人の意見を操作するものとして批判されるのもこのためだ。
このバイアスは周囲に順応したいという欲求に根ざしている。

10. 投影バイアス

人は常に心に囚われているため、しばしば
意識や選好の外にあるものを予測することが困難になる。
つまり、殆どの人間が自分と同じように考えると
根拠もなく想定しがちだ。
これは投影バイアスあるいは偽の合意効果という、
他人が自分と同じように考え、
自分に同意するはずだと思い込むことの原因になる。
これによって、自分がごく普通であると勘違いをし、
ありもしない総意があるかのように振る舞うようになる。
過激派グループが
自分たち以外にも同じ意見の人間が大勢いると考えたり、
ある人が選挙の当選者や試合の勝者の予測に自信過剰になるのも、
これが原因だ。

11. 現在バイアス

人間は未来の自分を想像することが本当に苦手で、
行動や予測はその影響を受けている。
大抵の人間は楽しいことは今すぐ味わい、嫌なことは後廻しにしたがる。
貯金をするより今すぐ使いたがるのも同じ例だろう。
それゆえに特に経済学者や医療関係者に注目される理論だ。
1998年の研究では、被験者に
今後一週間の食事メニューを決めてもらうと
74%がフルーツを選択したが、
その日のメニューを決めてもらうと70%がチョコレートを選択した。

12. アンカリング効果

相対性の罠とも呼ばれるこのバイアスは、
人が限定的な要素しか比較しない傾向を指す。
典型的な例は、セール中の商品を買い物するとき、
その値段の違いは気にするが、
絶対的な値段自体はあまり気にしないケースだ。
レストランがメニューに非常に高価な料理と
より手頃に見える料理を載せておくのはこのためだ。
高価過ぎず、安過ぎもない、中間の選択肢が良く選ばれる理由でもある。

というわけで、どんなに公明正大で偏見を持たずに判断しようとしても、
脳にはなんらかのバイアスがかかっている事実を認める必要があるだろう。
いかに自分が理性的で理論的であると思っていても、
実はそうでもないということを自身で理解する必要があるのかもしれない。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52200463.html

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イエスかノーか、白か黒か [知識]

あなたは人生の勝者か負け犬かのどちらかだ。
あなたは賢いかバカのどちらかだ。
そして、物事は正しいか間違っているかのいずれかだ。
イエスかノーのどちらかしかない。
 
こうした考えが、オール・オア・ナッシング思考だ。
結婚や家族問題のセラピスト、アシュリー・ソーンさんによれば、
こうした思考法を用いると、選択肢が二つしかなくなってしまう。
物事は白か黒かのどちらかで、中間のグレーゾーンは消える。

オール・オア・ナッシング思考は
どんな状況にも当てはめることができる。
自分自身に対する見方や評価も、しばしばこうしたものになりがちだ。
この思考によって、自分が人として価値がある存在なのか判断し、
経験や世の中の出来事に意味合いを与える。
「これが得意だ」あるいは「苦手だ」、
「これができる」あるいは「できない」といった具合だ。
完璧主義者や心配性な人、
自己評価が低い人にこうした考えが多いらしい。

オール・オア・ナッシング思考には様々な弊害がある。
視野を狭めてしまうし、極端でありえない期待の温床となる。
物事のポジティブな側面(成功や賢さなど)が
完璧なまでに実現しないと気が済まなくなる。
しかし、こうしたことは起こりえない。
そして、ネガティブ側の意見が選ばれる。
その結果、自分を卑下したり、起きた経験を否定的に評価する。

そこに間違う余地はなく、成長が織り込まれることもない。
例えば、ソーンさんの依頼主は、
「ひどい一週間だった」と話し始める。
それどころか、後退したとすら思っている。
彼らは悪い部分のみをあげつらい、
「分かります?! 私はどうしようもないんですよ!」と嘆く。

しかし、ソーンさんが彼らと話しを続けると、
依頼主が気づいていないいくつものよい側面が見えてくる。
だが、オール・オア・ナッシング思考はこうした見方を阻む。
前向きな側面は見過ごされ、前進する意欲も失われてゆく。

そんな思考様式にはまり込んだ人に、
凝り固まった物事の見方を解きほぐす方法を
ソーンさんがアドバイスしてくれた。

1. 結果と自分の成長を切り離す

結果をもとに自分を評価すると、
その答えは流動的でしかも滅多にポジティブにならない。
例え一時の結果がよくても、
絶えず変わるものであるためにポジティブな気持ちが長続きしない。
そこで、もっと内面にしっかりと根付いた資質に
意識を向けてみるのだ。
例えば、思いやりや誠実さ、
あるいは他人への共感や家族思いといったことに目を向けてみよう。
心が成長しているのであれば、
一時の結果が悪くても後に成功へとつながる。

2. 「or」ではなく「and」

「自分は善人か(or)、悪人だ」と考えるのではなく、
「善人で(and)、悪人だ」と考えるのだ。
つまり、「自分にはよい面がたくさんあるし、
よい行いもたくさんしているが、
たまには間違いを犯すこともある」わけだ。

あるいは、
「最高の一週間か(or)、ひどい一週間」だったと考えるのではなく、
「素晴らしいこともあったし(and)、嫌なこともあった」と考えるのだ。
「and」を使えば断定的にならずに済み、
他人や自分どちらもより理解できるようになる。

3. よい面に目を向ける

ソーンさんは依頼主に、
毎晩寝る前その日の出来事を2、3書き留めるという課題を与える。
そして、そこから分かるよい側面も書き出してもらう。
例えば、「仕事に行った」と書けば、
頑張って働いたという証明になる。

だが、ソーンさんの依頼人はこれを過小評価したがる。
「仕事に行かざるを得なかった。さもなければクビだから。
何よりも、誰だってやっていることだ」といった具合だ。
だが、病欠の連絡してさぼることも可能だったのにそれをしなかった。
すると、こう返す。
「確かにその日は仕事に行ったが、
2ヶ月前に体調が悪くて丸一週間休んだよ。
これじゃ、勤勉とは言えないね」

オール・オア・ナッシング思考を止めることは、
完璧になれということではない。
その瞬間の100パーセントである必要はないのだ。
今日は仕事に行った。それだけでも、自分の素晴らしさを示している。
このような考え方をすれば、自己評価はずっとマシなものになり、
やる気や活力が漲ってくることだろう。

4. あらゆる選択肢を考える

オール・オア・ナッシング思考で判断すると、
情報が限定的にしか考慮されない。
例えば、「息子は野球か、サッカーをやる」という判断は限定的だ。
そうではなく、息子がスポーツに興味があるなら、
もっと興味を持つスポーツは何だろうか、
あるいはスポーツ以外の活動や
スポーツと一緒に楽しめる活動は何だろうかと考えてみる。

例えば自分の政治的指向が
革新派、あるいは改革派と自らにレッテルを張らず、
自分は一方を完全に支持しているのか、両方とも不支持なのか、
それとも中間なのかと考えてみる。
こうして自分の意見をカテゴリー化することも非常に役に立つ。

5. 以下の質問に答えてみる

・自分の価値とは?
 こうした価値は自分の思考、疑問、決定にどう現れているのか?
・問題のポジティブな面とネガティブな面、
 それぞれにある良い点と悪い点は?
・何が事実で、何が思い込みか?
・今の気分や過去の気分は?

そうした感情をリストアップすると、
状況ははっきり白黒つけられないということが把握しやすい。
例えば、「就職の面接中、自信も不安もあった。
恥ずかしくも、誇らしく、またワクワクもしていた。
だから、面接は何もかもがよかったわけでも、悪かったわけでもない」
と判断できる。

オール・オア・ナッシング思考は柔軟性に乏しく、あまり役に立たない。
これを解きほぐして広い視野を持てば、
インスピレーションや勇気が湧いてくるだろう。
他人とのつながりも充実し、
豊かで生き生きとした人生につながるはずだ。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52199700.html

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ニキビの位置でわかる原因 [知識]

●ニキビや吹き出物のできる位置でわかる
 あなたの健康状態とその解消法(英研究)

ニキビや吹き出物は
体のバランスが崩れていることを示しているという。
顔のどこにニキビ(吹き出物)ができるかで、
体内のさまざまな健康状態がわかるそうだ。
例えば頬はストレス、額は貧しい食生活に関係しているらしい。
顔にできる厄介なニキビや吹き出物は、
単にあぶら性とかオイリー肌とか言っている場合じゃないことが
起きているということだ。


ここにニキビができやすい人は、
密接な関係のある食事を含め、体全体の調子を見直すこと。
消化器官に悪影響を与える加工食品や脂肪を少なくするといい。
水をたくさん飲み、毎日7~9時間の睡眠をとると、
消化器官の不調が緩和される。


ここのニキビは、生活習慣の乱れを伴うストレスがおもな原因。
特に呼吸器系の影響が出ることが多い。
喫煙やアレルギーは大きな要因になるが、
食事やライフスタイル全体を見直すことが大切。
青野菜や小麦を摂取することで、体をよりアルカリ性にして、
肉や乳製品を減らすといい。

口元や顎
ここにできるニキビは、
ほとんどがホルモンの変化やストレスのせいだ。
十分な睡眠、リラックス、水分補給、
バランスのとれた健康的な食事によって、
体の機能を適切に保てば、肌も生き生きとして健康的になる。
水分が不足すると腎臓の働きが悪くなり、顎にニキビができる。


栄養不良、消化不良が原因。
過剰ホルモンや生物学製剤、遊離基などの毒素は、
炎症やニキビを引き起こす。
食事を改善すれば、肌の質全体が良くなる。

漢方医でもあるツァガリスは、
顔に出る吹き出物は、ストレス、食事、脱水症、アレルギーなど
さまざまな要因の結果を反映していると信じている。
これらはおもにホルモンの状態によって引き起こされる。
漢方の世界では、ニキビは
肌や呼吸器や腎臓の状態をコントロールするシステムの
バランスが崩れているというサインなのだという。

このモデルでは、
肌はホルモンの変動に大きく影響を受けることがわかる。
皮脂量やpH量にも影響を及ぼし、
細菌の成長や毛穴の詰まりの原因になる。
皮膚には特に問題がなくても、
体内のバランスが悪いとそれが肌に表われるというわけだ。

ニキビや吹き出物を解消するための食材は以下の通りだ。

お勧め:
カボチャ、キュウリ、スイカ、トウガン、セロリ、ニンジン、
キャベツ、ビートトップ、タンポポ、アロエ、桑の葉、レタス、
ポテト、サクランボ、パパイヤ、ナシ、カキ、ラズベリー、ソバ、
アルファルファ、雑穀(キビ)、玄米、緑豆、レンズマメ、エンドウ

避けるべき:
糖分、乳製品、チョコレート、カフェイン、炭酸飲料、
ナッツ、シード類、貝類、脂肪分の多い揚げ物や加工食品、
これらのとりすぎ。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52198375.html

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困った親族に対する心構え [知識]

●もしあなたにとって有害な家族がいたら・・・
 思い出して欲しい10のアドバイス

家庭とは、心安げる場所であることが理想だが、
ときは頭痛の種となることもある。
困った友人や恋人なら二度と会わないという手段も取れるが、
家族ともなるとそう簡単にはいかない。
意地悪で、トラブルメーカーで、あなたの生活を
滅茶苦茶にしてしまう家族がいたらどうすればいいのだろうか?

何よりもまず
「すべての家庭が健全な心の拠り所になっているわけではない」。
という事実を受け入れることだ。
家族との結びつきは、必ずしも
お互いへの敬意や愛情のうえに成り立っているわけではない。
”家族”が単なる血縁以上のものではないことだってよくあることだ。

次に、問題のある家族が
なぜそのような状況に陥っているのかを理解することだ。
悩み事を抱えているのかもしれない。
愛情に飢えているといった可能性もある。
心の病気で苦しんでいるのかもしれない。
こうした人たちは支援を必要としているだろう。
 
家族の問題はどれひとつとして同じものがない。
だが、覚えておくべき普遍的な原則も存在する。
問題のある家族の心理を理解し、その対処法を知っておくことは、
あなた自身を守るために必要なことである。
このアドバイスは家族のみならず、
身近にいる人にも適応できるかもしれない。

1. 適切な距離感を保つ

迷惑な家族が、必ずしも意図的に不快で、
冷たい態度をとっているわけではないこともある。
悪気はないのだろうが、ライフスタイルの違い、
考え方の違いからあなたが振り回されることになる。

難しいことだが、私たちは生きるために
人と十分な距離を保っておく必要がある。
人間関係であなたの日常を台無しにしてはいけない。
まずは自分の幸せを第一に考えるべきだ。
適切な距離感とは、誰かと過ごす時間を減らすことなのか、
少し距離を置いて家族を愛することなのか、
完全に手放すことにするのか、
あるいは一時的に辛い状況から逃避するのか…
それが意味することは様々だが、
あなたには自分のために健全な距離を作るあらゆる権利がある。

2. ”受動的攻撃性”を持つ家族の心理

”受動的攻撃性”とは狡猾で陰湿ないやがらせのことである。
一般的には否定的な行動で現れる非言語的な攻撃で、
例えば、思っていることを表に出さないで、
分かりにくいが不快なジェスチャーを向けたりするような行為だ。
何が気に入らないのかはっきりと言わずに、
あなたが参ってしまうまで軽い嫌がらせを行う。

この行動は、人と面と向かってコミュニケーションがとれない
社会性のなさを示している。
まともな人間ならこうした受動的攻撃性を持つ理由がない。
自分に自信がないのに自意識過剰で、
人に批判されるのを恐れるがあまり、
受動的攻撃性を隠れ蓑にしているのだ。

もしこうした家族がいたら、
その存在をありのまま受け入れていることを話そう。
また考え方は人それぞれであり、それを批判するつもりもなければ、
自分の考えに従う必要もないことを理解してもらえばいい。
そのうえで、あなたが家族を助けたいと思っていることを伝えるのだ。

もしその家族があなたを大切に思っているならば、
そうした行為は止めるだろうし、少なくとも妥協はしてくるはずだ。
それでも相変わらず受動的攻撃性を示すようならば、
そのときはやはり、自分と距離を作り出すしかないだろう。

3. ”いじめ”で服従させようとするのは、あなたがそうさせておくから

学校でのいじめはよく話題になるが、
最大のいじめはしばしば家族によって行われる。
だが、どんな場合でもいじめを容認してはならない。
それがいかなる理由であれ、誰かをいじめる権利など
地球上の1人として持っていないのだ。

悲しいことに、誰かの自尊心を踏みにじらないと
幸せを感じないタイプの人間もいる。
これに対してあたながすべきは、自分で立ち上がる心を持つことだ。
彼らの風下に立ってはいけない。
あなたがいじめを受け入れてしまうと、
いじめる側の人間に力を与えてしまうこととなる。

敵に立ち向かうには大きな勇気がいる。
家族や友人と立ち向かうのも同じだ。
ときに、いじめは思いがけない場所で起こる。
身近な人間のあなたへの態度を察知し、
分かりにくい嫌がらせに注意しよう。
そして、必要があれば立ち向かうのだ。
それが自分らしく生きるチャンスになる。

4. 抵抗せよ。一時的な安楽は一生の苦痛となる

意地悪な家族は気まぐれな行為で自分の思い通りにしようとする。
そうした家族の疲れるへりくつに反論するより、
したがってしまった方が楽に思えるかもしれない。
だが、こうした状況において、一時的な安楽は、
のちに地獄のような長い苦痛を味わうこととなる。

何をやっても思い通りになるのなら、
困った人たちが変わることはない。
あなたの態度が彼らの行為に大きく影響することを肝に銘じておこう。
彼らにやたらと気を使ったり、日常茶飯事の意地悪な態度を
なんだかんだと大目に見ることはやめよう。
嫌な状況を我慢する価値などありはしない。
家族の誰かが大人になっても、相変わらず気まぐれで、
無責任で、無礼なままならば、声に出して抗議するときだ。

5. 自尊心を失うな。自分自身を大切にしよう

毎日自分のことを大切にしよう。
真面目な話、意地悪な人物と生活したり、
一緒に働かざるを得ないのならば、独りで休息して、
きちんと回復する時間をたっぷり確保することだ。
気まぐれな厄介者の前で”しっかり者”を演じることは疲れるし、
自分を大切にしていないと
彼らの嫌らしさがあなたにまで感染ってしまう。

意地悪な家族のおかげで、
「もしかしたら自分の方が間違っているのか?
自分は馬鹿にされるほどダメな人間か?」
などと考え、夜も眠れないほど悩んでしまうなど馬鹿げている。
意地悪な家族にとっては、
いじめること自体が目的ということもあるのだから。

あなたに原因があるわけではない。
彼らは自分の醜い感情をコントロールできずにいるのだ。
そうした人間の言うことを
まともに聞いていたらおかしくなってしまう。
だからこそ振り回されてはならない。自分を大切にしよう。
嫌なことがあっても
健康的かつ前向きな生活が送れるように心構えをしておこう。

6. 嫌がらせが暴力を伴うのであれば、それは警察に委ねるべき問題

家庭内で暴力を受けている。
ひどく辛いのに、家族の怒りに屈してしまう。
心はとっくに離れているのに、
信義誠実を貫こうと何年も過ごしている。
暴力を振るう人間から誰かを守るために代わりに暴力を受けている。
など、 嫌がらせが暴力を伴うのであれば、
それは犯罪だ。警察に通報しよう。
彼らはその結果を受け止める必要がある。

だが暴力でマインドコントロールされている場合もある。
逃げ出せる状況にあっても逃げ出せないのは
恐怖に支配されているからだ。
これはまわりの誰かが気が付いてあげなければならない。
悲惨なことが起きる前に
強引にでも体に傷がないかなどをチェックしてみよう。

7. あなたはいっさい悪くない。個人的に受け止める必要はない

問題は彼らにあるのだ。あなたではない。
このことを肝に命じることだ。
意地悪な家族は、あなたに責任があるかのような態度をとる。
多くの人にとって、”罪悪感”は意外なまでに大きく、
自分が間違っているかのように仄めかされるだけで、
自信が損なわれ、気持ちが揺らぐ。

だが、あなたはそうさせてはダメだ。
意地悪な人間はあなただけでなく、
関わる者すべてに対して酷い言動や行動をとる。
それすらも自分に向けられたものと勘違いしてはならない。
それはあなたとは一切関係がないのだ。
彼らの発言や行為、完全に彼らの醜い内面を映し出している。

8. 罪を憎んで人を憎まず。憎しみに支配されてはならない。

マハトマ・ガンディーが言ったように、
目には目をでは世界が盲目になってしまう。
家族の行為がどれほど軽蔑に値するのだとしても、
心に憎しみを巣食わせてはいけない。
憎しみに憎しみで対抗しては、傷が深まるばかりだ。

いつの間にか誰かを憎んでしまったとき、
そこに掘られるのは相手とあなたの2つの墓穴である。
遺恨とは、何かに捕らわれた人間のものだ。
反対に許しとは、前に進む強さと賢さを備えた人間のものだ。
最高の復讐は、誰かを陥れることではない。
あなた自身が幸せな生活を送ることであり、
それが心に平和を生み出してくれる。

9. 人間は変われるものだし、
 こじれた家族関係がやがて修復されることもある

家族との信頼関係が崩れても、
互いが懸命に自分を成長させる気があるのなら、
それは修復しうることもある。
事実、誰かとの関係の根幹が粉々に壊れてしまったと感じたなら、
あなたのためにならなかったお互いの行動パターンや
ダイナミクスを脱ぎ捨てるチャンスが、まさにその瞬間訪れたのだ。
それは辛い作業であり、苦しい時間でもあるが、
その一時の感情はやがて消え去ってゆく。
あなたが壊れた信頼は元に戻らないと信じているならなおさらだ。

信頼とは一生のうちに紡いだり、
解れたりすることを繰り返すものだと分かっていれば、
お互いが粘り強く成長する力を見つけることだろう。
だが、それには双方の努力が必要だ。あなたひとりでは無理なのだ。

10. どうにもならない場合の最終手段

いずれにせよ、これはあなたの人生だ。
これ以上は耐えられない、困った家族の行為を
どうにもできないと思ったなら、最終手段が残されている。
あなたは、あなた自身の選択で、誰と手を携え明日を迎えるのか、
誰をこの日に残していくのか、その相手を決めることができるのだ。

理想の世界では、困った家族との関係は
きっと修復できるのだろうが、現実は厳しい。
物事を維持するよう精一杯やった上で、
もうこれ以上は無理と判断した場合には、
それを手放すという選択肢もあるのだ。
別離はつらい決断だが、これは他ならぬあなたにとって
正しい決断であり、行うことを恐れてはいけない。

http://karapaia.livedoor.biz/archives/52191415.html

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住基ネットとマイナンバーの違い [知識]

住基ネットの導入から10年以上が経過しました。
導入費用に約400億円もかけたにも関わらず、
住基カードの普及率はいまだ5%に留まっています。
折しも先日、住基ネットとイメージがダブる
「マイナンバー(共通番号制度)」法が参院本会議で可決されました。
住基ネットとはなんだったのでしょうか?
また、マイナンバーとはどう違うのでしょうか?

総務省のホームページには、住基ネットは
「住民の方々の利便性の向上と
国及び地方公共団体の行政の合理化に資するため、
居住関係を公証する住民基本台帳をネットワーク化し、
全国共通の本人確認ができるシステムとして構築するもの」
とする説明があります。
しかし、国民にとって実際のメリットは、身分証明書になるほか、
パスポートや年金関係の届け出をしたり、
eタックス(税金のネット申告)を利用したりする程度で、
使い道は非常に限られています。
 
総務省によると、住基ネットの運用に毎年かかるコストは約130億円。
事業仕分けの際は、「運営法人が官僚の天下り先になっている」、
「運営コストが高すぎる」といった指摘もありました。

このコストに対し、パスポートを申請するときの住民票や
年金管理に使う現況届などを省略できることで
「事務の効率化」や「郵送料の削減」が実現し、
約160億円の直接的な費用対効果があるとしています。
また、書類の記入や投函を省略できることで、
住民の機会費用等や交通費の削減として
約350億円の間接的な効果も発生するとも。
しかし直接効果はまだしも、間接効果は根拠があいまいで、
本当にこれほどのメリットがあるのかは、
意見が分かれるところでしょう。
個人情報保護の観点等などから、
住基ネットへの参加に難色を示す自治体も少なからずありました。

いっぽうで、住基カードは今のところ
情報漏洩などのトラブルが少ないという
肯定的な意見も散見していましたが、たった5%の普及率では、
問題など起きなくて当然という声も聞こえてきます。
まったくトラブルがなかったわけでもなく、たとえば今年の春先、
住基ネットで大規模な障害が発生し、231の自治体で
利用不能になったというニュースは記憶に新しいところです。
住基ネットの10年を振り返ってみると、
とにかく批判が非常に多かったことを改めて感じます。

では、散々な評価だった住基ネットと、
マイナンバーの違いはどこにあるのでしょうか?

もっとも大きなポイントは、その利用範囲の広さでしょう。
住基ネットの情報は、氏名、生年月日、性別、住所だけに留まり、
閲覧も役所内部に限定することを前提としていました。
いっぽうマイナンバーは、国民ひとりひとりに固有の番号を割り当て、
希望者にはICカードを配布。
社会保険に関する情報照会や確定申告など、
さまざまな手続きが個人向けのインターネットサービスを通じて
できるようになる見込みです。

マイナンバーでは税分野や社会保障、災害対策といった
多岐にわたる情報が共通の番号で管理され、行政事務の効率化のほか、
税や社会保障に関する不正の防止も期待されています。
また、法律の施行から3年後をメドに、
民間での利用も視野に利用範囲の拡大が検討されます。

マイナンバーの導入には、
初期費用だけで住基ネットの数倍となる
約2700億円もの費用がかかると推定されています。
運営費は年間200億~300億円といわれており、
「IT業界を儲けさせるだけ」という批判も。
管理は住基ネットを運用する「地方自治情報センター」を
格上げして設立される「地方公共団体情報システム機構」が担い、
早くも天下り問題を指摘するメディアもあります。

制度自体は、IT基盤を活用し行政の効率化が量られるとして、
評価する向きも少なくありません。
ただ、こういった電子政府化への動きは
メリットがある反面リスクも多く、
たとえば「住民登録番号」を導入している韓国では
ネットを経由した詐欺事件が多く起きていると報じられています。
また、国が個人の情報を把握し過ぎることに対する
不安の声もあります。
マイナンバーを活かした電子政府化の推進が掲げられるなか、
解決すべき課題も数多く残っています。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130825-00010001-wordleaf-soci&p=1

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